躁うつ病の私でも幸せ掴めました!
プロフィール: ともさん、23歳女性、専業主婦
男の子のママをしながら専業主婦をしています。
私が双極性障害と診断されたのは19歳の頃、大学生のときでした。
当時私が通っていた大学は自宅から電車で1時間半かかるところにあり、単位のぎっしり詰まっていた1年次の時は朝は7時には家を出て駅に向かい電車に乗ると満員電車に立ったまま揺られて着いたら1日中授業が詰まっていて夕方にまた長時間電車に揺られて帰宅するもいう毎日でした。
最初の頃は電車通学を楽しみ、本を読んだり眠ったりして過ごし、帰りに友達と遊びに行ったりして充実した大学時代を過ごしていました。
夏になり、いつものように電車に乗っていた私の背後にいたおじさんが私に痴漢をしたのです。
よくニュースなどで全国で痴漢がよくあっているのな知っていましたが、まさか自分に起こるとは、!
怖くて少しずつ逃げるとそれについてくる痴漢。電車が停止する度に私から離れ、ホッとしたのもつかの間、また動き出すと再び触ってくる痴漢。
満員電車で降りるに降りられず1時間逃げることもできずひたすら触られていました。
やっと一気に人が降りていくのに合わせて私も降りて逃れましたが怖くてその日は大学に行けず。電車にも乗れず。彼氏に迎えに来てもらい帰りました。
それから電車に乗れなくなり、大学をやめて精神的に不安定になった私は家から出られなくなり、何を言われても責められているようにしか聞こえず、ひたすらイライラしていて、何もしていなくても幻聴のようになにか言われているような声がするようになりました。
怖くて怖くて寝られなくなったときふと思い立ち恩師に相談すると心療内科を相談してもらいました。
そこに行くのも強いのでタクシーで向かい、病院に入り診察を受けて「双極性障害」と診断。
治るのか?と聞くと治らない、と。
ここから病気との戦いが始まりました。
何種類もの薬を飲み、副作用も出てきて眼球上転発作や吐き気、便秘、、気分の上がり下がりも落ち着いてきたからバイトを始めても発作が出るから仕事にならず辞め、発作が出るから薬をやめようとするとイライラや幻聴が出てきたり。
1年くらい上転発作とたたかい、段々薬も減っていきました。
それから数年経ち、昨年結婚、出産。
私は今一児のママをしています。
薬は一つも飲んでいません。
確かに、病気は治ることはない。今でもストレスが溜まり過ぎると出てくる症状。
でも幸せを掴みました。
今双極性障害に悩む女の子へ。
大丈夫です。きっとあなたを理解してくれる人はいます。
今誰も理解してくれなくてもあなたが頑張っていたらきっといつか報われます。
子どもに遺伝するかもしれません。私も最初それが不安でしたが、今は自信しかありません。
私ならきっと気持ちをわかってあげられる。息子の味方になれる。教えてあげられる。逃げ道を。
大丈夫。あなたも、きっといつか幸せになれます。
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